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院長自己紹介

名刺の裏に、

吉田明弘(小出門下生)マラソン自己ベスト

100km;11時間57分15秒(サロマ湖100kmウルトラマラソン2016年6月)

42.195km;3時間26分51秒(かすみがうらマラソン2019年4月)

ハーフ;1時間32分12秒(仙台国際ハーフマラソン2010年5月)

10km;42分55秒(関東マスターズロード選手権2009年6月)

と、書いてある通り内科医である私はランナーでもあります。昨年の秋冬(2020年10月ー11月)には1km、1マイル、5km、そしてハーフマラソンで自己記録を更新し、まだまだ進化を続けております。私はどんな人間であるか、それには「走ることから学んだ大切なことを語ること」が適しているだろうと思い、走ることになったきっかけ、出会いや別れ、そして今とこれからについて書き留めておこうと思います。

子どもの頃からゴルフをやっていた関係で、大学時代は体育会ゴルフ部で切磋琢磨してやっておりました。そこそこできたおかげで医師になってからも人間関係の構築や、オンとオフの切り替えにずいぶんと役に立ちました。確かにゴルフは楽しかったのですが、何か新しいことを初めてみたいと考えていたときに、友人から波乗りをやってみないかと誘いを受けました。時は38歳の9月12日、海へ向かうクルマのTVからはニューヨークの高層ビルに突っ込む飛行機の画像が生々しく流れていました。アメリカの同時多発テロ事件の日、千葉の太東で波乗り(ロングボード)に目覚めた私はその日以来、毎週のように千葉の海へ行ってました。シンプルだけど奥が深い波乗りにすっかり魅せられた私ですが、ご縁があってずっとお世話になった塩坂信康プロ(全日本の大会で準優勝の経験もあるトッププロ)のご指導もあり、みるみる上達していきました。サーフィンをするときはカラダひとつにボード一本のみ、地位もお金も関係なし。俗世のしがらみも何もなく、素のままで付き合える仲間がたくさんできるのも波乗りの魅力です。「海に入るときは名刺も通帳も置いていけ」という格言があるそうです。それ以外にも「いい波を求めて旅をする」所謂エンドレスサマーの世界を地で味わえたり波乗りの魅力は色々ありますが、私にとっては「ほんのわずかな時間に全てが凝縮された自分だけの世界」これに尽きると思いました。私ぐらいのレベルでは何分も、いや何十秒も波に乗り続けることはできません。上手に乗れたとしても十数秒がいいとこだと思います。波待ちをしている時間が何時間もあっても、いい波に乗れたその数秒、十数秒が永遠に続く自分だけの世界に感じられるのです。これが私にとっての波乗りだったのです。波乗りを終えた後、黄金色に染まる夕方の空は、頑張った我々サーファーへの最高のプレゼントでした。

そんな日々を重ねていた2007年の夏に転機が訪れました。私は今まで(勉強やスポーツはもとより)どんなことも「そこそこの努力でそつなくこなして」生きてきておりました。よく言えば器用貧乏、悪く言えば適当。これまでの人生を振り返ってみると「一所懸命努力した経験」が殆どありません。それでは子どもたちに見せる背中すらありません。「子どもたちに胸を張れる、頑張ってやれること」を模索していたある日、ネットでNAHAマラソンの開催要項が目に止まりました。開催日は約3ヶ月後の12月はじめ。沖縄好きの私にとって渡りに船の話です。「3ヶ月あればなんとかなるだろう。大好きな沖縄へも行ける。よし、フルマラソンを走ってみよう」といきなり思い立ち、8月の終わりにランニングシューズを手に入れ走り始めました。

(つづく)

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